第三章

日本建国神話の成立過程


日本国と倭国


日本の建国の神話は『古事記』(712)と『日本書紀』(720)によ
り確立されました。

それ以前に大陸で編纂された、唐の太宗皇帝(在位626〜647)の
勅撰の書、『普書巻九七東夷伝』に



            「自謂大伯之後」


と記されております。



この太宗の事を中世代、我国の学者達は周王の太祖、古公亶父の
長子、太宗と考えて論じておりますが、三種の神宝の一つ


            『天叢雲剣』



として後醍醐天皇より今日まで正統天皇家に伝えられてきた剣は、
中華の戦国期の造剣とされ、その刀身には 天 とも 大 とも
読める象眼文字を置き、それに続いて 「王之剣」 と象眼されて
います。


中華の戦国期に「天王」或は「大王」と称する事の出来たのは正統
周室の天子のみでした。



実は「太白」は「オオカミ」と読み、天照大神の子孫という事です。


その神祖が最初に天降ったという伝説の霊山を「太白山」といい、
中華では周室の祖霊が留まる所でした。


このため当時、我国の大王は世界最強の覇権国家、隋の煬帝(在位
604〜616)に、



 「日出る処の天子 書を日の没する処の天子に致す愁いなきや」


と自らが黄帝(天照大日霊貴)の正嫡としての自負の元に外交を
行ったのです。



隋では只、呆れて「舊唐書一九九巻上東夷伝」に、倭の国王は


   「自ら矜大 実を以て対ず 故に中国焉れを疑う、又
    妄りに夸る」




と記しています。


当然、周室の正統王権「天子」を主張するには証拠が必要であり、
その証拠となる品は、周室の政体の象徴でなければなりません。


この周室の正統を主張した倭の大王の血が、後の天皇と何らかの
関係が存在するとすれば当然、中華の盟主、周室の政体のレガリア
(象徴)は我国の  「三種の神宝」  の一つとして加えていな
ければなりません。



日本国の成立について『舊唐書』には、


「日本国は倭の別種なり、其の国、日辺に在るを以て、故に
日本 を以て名と為すと。


或は曰う、日本は舊子国、倭国の血を併せたりと」



とあり『新唐書』には、



「後、稍(やや)夏音を習い、倭の名を悪み、更めて日本と号す。
使者自ら言う、国、日の出ずる所に近し、以て名と為すと。


或は曰う、日本は即ち小国、倭の并す所と偽る、故に其の号を冒せり」



とあります。



倭の呼称は「漢書巻二十八下、地理志」の条末に、


「楽浪海中に倭人有り 分かれて百余国を為す 歳時を以て
   来たりて献見すと云う」


と在るのが中華正史での倭の初見であり、「楽浪」とは朝鮮半島の
黄海側の付根に位置した地方で、倭とは朝鮮半島の南部三韓の地を
含む日本列島全体を指しますが、『詩経』の「小雅」に「周道倭遅」
とある意の用法、即ち「回り回って遥かに遠い」国という意味です。


日本の王権と倭の王権が合体した王権を天皇と称したことは明らか
です。


漢の高祖(紀元前206〜196)が白蛇を斬った剣を漢の伝国璽にした
話は有名で、漢の高祖は周室の故事に習って剣を伝国璽にしたと考
えられています。


世界最古の国体と、世界最古の政体の王権の血統を合理的に合体さ
せ、それを融和させる為に鏡を加え、この鏡を天照大日霊貴の



            「斎御鏡」とし



これを中心に日本建国の物語を成立させたのが我国の建国の神話
です。



日蓮大聖人は「真言七重勝劣事」で宝剣・宝鏡の二つは失われてし
まった旨を記していますがこれには理由があり、失われた剣・鏡は
崇神天皇の御世に眞物を写して作られた品である事は周知の事実で
す。


宝剣・宝鏡の眞物は崇神天皇の御世に伊勢の皇大神宮に祀られ、
後醍醐天皇の御世に至ります。


即ち、世界の真実の救世主とは、この月氏(西洋)漢土(東洋)
の王権のシンボルを正しく所持した人という事であり、応神天皇の
出現までは月(西域の国)・漢(周室)の王権の合体は無く当然、
合体のレガリア(象徴)『三種の神器』は三種の神器としていまだ
成立していませんでした。


そうして『日本紀』に依れば応神天皇の出現の時、既に宝剣・宝鏡
は倭の大王の手を離れ伊勢に奉祀されていました。


月・漢・日、即ち全世界の救世主たる真実の天皇は月・漢・日の
王権の真実の象徴を実態として所持していなくてはなりません。


       勾玉は、月氏の神璽・伝国璽であり、


       宝剣は、中華の伝国璽であり、


       宝鏡は、日本の伝国璽です。



この『三種の神器』が正しく合体する時を、日蓮大聖人は法華取要抄



   「天瞋るは人に失有ればなり、二の日並び出るは一国に二の
    国王並ぶ相なり、王と王との闘諍なり、星の日月を犯すは
    臣・王を犯す相なり、日と日と競い出るは四天下一同の諍
    論なり、明星並び出るは太子と太子との諍論なり、是の如
    く国土乱れて後に上行等の聖人出現し本門の三つの法門之
    を建立し一四天四海一同に妙法蓮華経の広宣流布疑い無か
    らん者か。」


と仰せられております。


本門の三つの法門とは「本門の本尊」「本門の戒壇」「本門の題目」
であり、即ちそれは、  「神璽」   「宝剣」   「宝鏡」
を以てその用きを表現します。







                続く



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